ボナパルト家の子育て

我が家の子育てで、私が思う事。

産後クライシスとおもったら読むこと

なんだか、冴えない日が続いています。

ストレスが溜まっているんだろうけど、どうやっても抜け出せない日々です。

友達に相談したら、

「小さいストレスが溜まっているんだよきっと!

 夫とかに、小言とかいってみたらいいよ。」

なんていわれ、妙に納得しました。

確かに一つ一つは大したことないけれど、

きっと小さい何かが山のようになって私の心を重くしている気がしたのです。

 

私はバカの一つ覚えのように、実行してしまいました。

自分がアドバイスをくれた彼女と違ってまったく空気を読めないことや、

臨機応変に対応できないことを忘れて。

とりあえず、主人に当たりました。。。

 

主人の冷静な態度と、

まったく共感せずにただただ原因を追求しようとするものいい、

あまりにも的確な現状分析に、

私は余計にヒートアップしてしまいました。

たぶん、ちょっと共感してほしかっただけだと思います。

ついには、結婚・出産を後悔しているというような内容までいってしまいました。

 

 

夫が無限ループに入ることを察したのか、会話を切り上げてくれたおかげで、

早々に話は終わり、

私は少し冷静になりました。

そしてさきほどの言葉をすごく後悔しました。

でも、謝れる気がしませんでした。

謝ってもまた繰り返してしまう気がして、

いま謝ったらあまりにも軽薄な謝罪になりそうな気がして、

その瞬間から逃げました。

 

 

2日経ってもその感覚から変われず、

主人は出張に行き、

夜にふと、前々から相談しようかと考えていた「おっさんレンタル」を思い出しました。

早速連絡してみると、

すぐに返信をいただき、

お電話で相談することができました。

 

 

話して見ると、

私は自分のことを誰かに話したかっただけなのかもしれないという気がしてきました。

ただただ、

空気とか時間とか面白いかとか考えずに、

ひたすら自分の話をしたかっただけだったと思いました。

 

 

よくわからないけれど、現状を変えたかった。

私は紙に「SMILE」と書いて洗面台の鏡に貼りました。

「私が、毎日 ( 主人の名前 ) と ( 娘の名前 ) にパワーのある笑顔を送る。

 何が起こっても。

 私が、友人たちに元気をふるまう。会うたびに。」

こう、画用紙に書いて、毎朝読むことにしました。

タミヤを愛に学ぶ。リスペクトってどういうことだろう。

なんだか最近情緒不安定なボナパルトです。

「世界!ニッポン行きたい人応援団」というTV番組をみました。

今回は、

タミヤという日本のプラモデルの会社がとっても大好きな、

アルゼンチン在住のディエゴさんという中年男性が日本に来るというお話でして、

彼の「タミヤ」すべてに対する「想い」がとても素敵でした。

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まず印象的だったのが、彼の表現力の豊かさ。

新橋のタミヤショップに入るときは、入り口の敷居の前に立ち、

「人類が月面着陸する瞬間のようだよ。」というとことからはじまり、

「エベレストの頂上に登った気分だ。」

「模型の世界都市だよ。」

言葉が豊かな人は、心も豊かなのかなぁ。

 

そして始終、優しくて変わらない笑顔。

本当に、顔に人柄が出るといいますけれど、本当にそうだなぁと彼をみていて実感しました。

 

番組のディレクターさんが、感想を綴ってくださっているものもありました。

 

www.tv-tokyo.co.jp

 

お土産は、スーツケース2個分で、

何人いるかわからない社員のかた全員に行きわたるように小分けのキャンディーなどでした。

素敵だなぁと思ったのは、それを対面で一人一人にお渡しすることです。

食堂で会った方々に、お渡し、、

私の中でふと思った

みんなに渡るように部署ごとに振りまいてもらった方が効率よくない?とか、

対面で渡しても言葉通じなくて会話できないから意味なくない?いうAIチックな発想は、

なんだか一瞬で巨大な虚しさへ変わりました。

 

プラモデルのパーツの切り抜き後の枠はおろか、梱包材まで大切に持っていたディエゴさんをみていると、

私の無機質な性格がもっと浮き彫りになってきました。

「パーツの枠は、ものすごく考えて作られているから」

「梱包材には、タミヤの空気が入っているから」

だそうです。

彼のような目線で世界を見ることができたら、とっても彩り豊かな世界に見えるのかなぁと思いました。

たぶん、タミヤ愛が強いだけではなくって、

彼の想いのある言動が自然にできる人柄なんだろうなぁと感じました。

 

そんな彼が愛しているタミヤの社員さんももちろん素敵な方ばかりで、

やっぱり会長の田宮さんは、

ちょっとTVを見ただけの私にも、ディエゴさんのいう「神様のような存在」というのをちょっとだけわかった気がしました。

 

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会社訪問日に、オフィス前に日本とアルゼンチンの国旗が並べて飾ってあったのをはじめ、

ディエゴさんのお母様へのプレゼントを用意していたり、

しかもそのプレゼントが他社のものである寛容さだったり、

社員になりたかったというディエゴさんの想いを汲んだような、社員と同じようにプラモデル作りをしてレポートを出させるようにしたり、社員バッジをプレゼントしたり、

会長というおごりなんて全くないどころか、

相手の心を掴んでいるようなおもてなしで、本当に素敵な方だと感じました。

 

 

ディエゴさんのような方をみると、

うちの子もこうなってほしいとすごく思います。

(タミヤ愛をもてということではないですよ。)

そうするなら、最短はやはり、

私が少しでも彼のような愛に溢れた心の人に少しでも近づきたいなぁと思う限りです。

専業主婦が社会から隔絶されていることをわかっている人はいない

産後からの不思議なストレス。

実態はよくわからないけれど、

自分でコントロールできない。。。

もうすぐ出産して1年だけど、今だにかわらず続くので、

産後うつとかでもないのかなぁ。

専業主婦うつ?笑

 

昨夜ふと、外界との交流がないからだと思った。

いろんな人と、たくさん交流するのが好きだった私としては、

本当に主人くらいとしか会話がない生活。

 

冗談交じりに主人に話してみた。

俺だって結構つらいんだよー、

仕事、やり遂げなきゃいけないからねー。

人との交流がないとか、立場がないとかいっている余裕ないよー。

えーーん。

と、

小学生の不満のように?!笑

辛辣な会話にならないように配慮された返事が返ってきた。

 

うん。そうだよね。仕事、大変だよね。

自分がどう感じているかがやっぱり一番だよねぇ。

私が外と交流を持つための解決策は、わからない。

でも、主人にはただ、

「そうだよね、俺には想像もつかないよ。

子どもは本当にかわいいけど、大人の会話がない生活は

思った以上にストレスなんだろうね。」

って言って欲しかっただけ。

 

 

人がどう感じているのかを強く感じることは、難しいよね。。。

私もそうだもん。

主人の仕事の大変さを考えていそうで、

本当は自分がどうつらいかを伝えることしか考えていなかったりする。。。

目標達成できなかったときに、自問自答してほしいこと。

2015年、日本でマイナースポーツだったラグビー界が話題となり、

五郎丸ポーズが流行ったのは記憶に新しいかと思います。

あの時、なぜラグビーが話題になったのかといいますと、

ラグビーは体格差がそのまま結果に反映される競技でもっとも番狂わせが起きにくいといわれる中で、

ラグビーW杯で日本が、強豪南アフリカに勝利したからです。

その勝利に導いたのが、エディージョーンズさんでした。

昨夜、イングランドのコーチ延長契約が発表されましたね。

 

さて、タイトルですが、

私はこれまでかなり多くのビジネス書を読み漁り、

それを実践し、

自分で目標を立ててはそれを達成するために全てをつぎ込むような生活をしてきたつもりでした。

でも、ずっと感じていたことがあります。

いわゆる「デキる人」と比べると、私には決定的に足りない何かがある

ということです。

それがなんなのかはわかりませんでしたし、

その存在を認めたくもありませんでした。

もちろん、できない言い訳ではありません。

でもその「何か」を明確にしてそれを克服しないと、

私は自分の満足いく人生を送れないような気がしていたのです。

 

そんなモヤモヤはとれないまま、

出産して、

子育てをして、

ふわっとした生活をしていました。

 

ところが先日、エディジョーンズさんのこんな言葉に出会いました。

目標を達成するには、

自分が変わる必要を認めることです。

 

私は、アラサーになって今更感満載ですが、

自分が人の話が聞けないことに気づきました。

いつ何時も素直でないことに気づきました。

異常にプライドが高いことにも気づきました。

・・・書き出したら、キリがありませんが、

すべてはこれに集約されます。

目標を達成するには、

自分が変わる必要を認めることです。

 

自分は、変わらなければいけない。

このままいけばもう少しでできたはず。ではないです。

もうちょっとこうやればきっとできたはず。ではないです。

あのとき、タイミング悪くああいうことが起きなければできたはず。ではないです。

目標達成まで時間が足りなかったのも、

ある部分を少し変えることができなかったのも、

不運なことに遭遇したのも、

それは単なる言い訳です。

あなたの中の何かを変えなければいけなかったのです。

 

小・中学生くらいのお子様がいらっしゃれば、

こんな風にはなしてみるのはどうでしょうか。

「どうして目標の90点とれなかったのかなぁ?」

「この問題を間違えたから?」

「どうしてこの問題を間違えたんだろう。」

因数分解は、わからないもん。」

因数分解は、出題範囲じゃなかったの?」

「出題範囲だったけど、でるかでないか微妙なところ聞いたから。。。」

「花子ちゃんは、起きる確率が低いことに対して準備はしないの?」

・・・・・

 

( ここ、重要です!

 「範囲に入っているんだったら全部やりなさい!」ではダメなのです。

 花子ちゃんは、きっと起きる確率が低いことに対しては準備しない性格なのかもしれません。

 「たぶんないと思うけど、一応準備しておこう。」という気持ちがない人なのかもしれません。

 もしそうだとするならば、変えた方がいいですよね。

 それは、次のテストで90点をとるためではなくて、

 人付き合い、仕事、結婚、子育て、全てに通じてくるからです。

 もし「ないとおもうけど、さっきの話をもし○○と捉えていたら、それは誤解だからね。」と、

 友達に一言、言うことができたなら、

 変な誤解を作って人間関係がこじれることもないはずです。)

 

 

 

続けて、氏はこういっていました。

「よく自信がないという人がいますが、

 理由は簡単。

 準備不足なんです。

 自信を持つためには、準備と努力をすればいい。

 した分だけ、努力という蓄えは増える。

 信じる力ほど強いものはない。

 それがやがて不可能を可能にするんです。」

 

 

自分に言い聞かせたい。

そして実践できる人になってから、

子どもにも伝えていきたい。

キムタクがお医者さんのA Lifeというドラマでも、こんなフレーズありましたよね。

名医役のキムタクが、

難しいオペをすることに対して、

どこからそんな自信わいてくるんですか、

といわれたとき、

それだけ準備しているからと。

 

とっても料理が下手な私は、以前、料理教室に通っていました。

とある日本料理店の料理長さんのお教室だったのですが、

本当にびっくりするくらいの下準備でした。

え、そんな面倒なことをやるんですか?という連続でした。

「こうやると、こうなって本当に美味しいので、

 うちでお出しするときにはそうしているんですけど、

 それは家庭ではできないと思うのでこうやってください。」

だから自信をもって、お客様にお料理をお出しできるのだと。

「自分は、1000匹魚がいたら、一瞬で一番美味しい魚を見つけられますよ。

 それくらい、魚をみてきました。」

こんなことも聞いたことがあります。

きっと私には想像もつかないほど、魚を見、比べ、さばき、食べられたのでしょう。

 

 

さて、2つ話題をだしてしまいました。

まとめます。

 

 

ひとつめ。

目標達成できなかったとき、

自分にこう問うてみてください。

目標を達成するには、

自分が変わる必要を認めることです。

 

そしてそれをお子さんにも伝えて欲しいと思いました。

 

 

ふたつめ。

準備と努力をしたらした分だけ、

それはあなたの自信になります。

 

逆に自信がないときは、準備と努力を怠っているだけです。

 

これも、日々、お子さんに伝えていってほしいと強く思います。

「あなたのためにやったんだから」は絶対言わない

ビットコインが大暴落ですね。

今更ながら、Binanceにユーザー登録した、ボナパルトです。

 

今日はふとしたことから、主人とこんな会話になりました。

子どもに、「あなたのためにやったんだから」は絶対にやめよう。

 

9ヶ月になる娘が最近目に見えてどんどん成長している中、

夫婦でよく話題になるのが、何をさせるかです。

基本的には子どもの意志を尊重していきたいのですが、

それでもある程度選択肢を作ったり、

分かれ道のあるレールを敷いたりしたほうがいいんじゃないかなぁなんて話しています。

結果がどうであれ、

もし子どもが、私たちが思ってもみない言動をしても、

「あなたのためにやっていたんだから」とは、

絶対に思わないし、

もし思ってしまっても、決して口には出すまい。という感じで意見がすごく一致しました。

 

「別に頼んでないし。」

そんなところで終わればまだいい方です。

 

「じゃぁ自分のためにそれをやらなかったら、ママはもっと他のことができたの?」

「そのお金を自分につかわなかったら、ママはもっと・・・」

「私さえいなければ、そんなお金はそもそも必要なかったんだから。

 私がいたばっかりに・・・」

そんな風になるのは最悪です。

少し大げさと思われるかもしれません。

でも、

言葉は、

発した人はなんともおもっていなくても、

言われた方には重くのしかかり、

それが心に深く残ることがあります。

ママから子どもに対する言葉なら、なおさらです。

 

 

虐待されてもママのことを守るような発言をする子がたくさんいるくらい、

子どもはママのことがとーっても大好きなのだと思うのです。

私もそうでした。

幼少期から、結婚・妊娠するまでずっーと、

自分の母がどうしたら一番幸せになれるんだろうと考えていました。

甘えることはぜんぜんなかったようですが、

それでもいつも考えていたのは、

『「私」ではなくて「母」はどうやったら幸せになれるのか?』

そして、私がしたいことと母が願うことが違う時の葛藤。

 

 

長くなりましたが、

そもそも我が子であれ、一人の人。

なんでもかんでもしてあげる必要があるもの1,2歳まで。

血が繋がっていても、

言っていいことと悪いことがある。

していいこととしてはいけないことがある。

敬意も気くばりも必要。

いつもそういう関係でいたいと思っています。